メッキ処理などで発生するシアン中毒の予防方法と応急処置方法を解説

見た目は子供、頭脳は大人な探偵さんが「ペロッ これは青酸カリ」っていう画像は、元は青酸カリでなくて麻薬だって知っていました?
konan

いきなり余談から始まってすみません・・・。

「青酸カリ」は、自殺やサスペンスドラマの事件でよく使われる代表的なキケンな薬品です。

青酸カリは正式には「シアン化カリウム」という名称ですが、実はシアン化カリウム自体の毒性は高くなく、注意しなければいけないのは「シアン化水素」という気体のガスです。

シアン化カリウムは、体の中に入ると胃酸と化学反応が起こってシアン化水素を発生させ、命の危険を与える「シアン中毒」にさせます。

青酸カリやシアン化水素とは縁がないと思われるかもしれませんが、金属のメッキを行う企業においてはシアンは日常的に使用するものです。

金属を錆びさせないようにしたり商品に光沢を与えて商品価値を高めたりするためにとても多くの企業でメッキ処理を行います。

身の回り品にはピカピカに輝くメッキ処理がなされたものが多く、私たち自身も「シアン」と無関係とは言い切れません。

また、メッキ以外にも金や銀を原石から取り出す工程(冶金:やきん)を扱う会社、化学薬品会社などでもシアンを取り扱いますから、シアン類は思っているよりも身近な存在ですし多くの方がシアン中毒に注意が必要です。

私の勤めている会社では日常的にメッキをすることはありませんが、研究開発の段階でメッキをすることがあり、シアン中毒への備えを産業薬剤師として行っておく必要がありました。

その経験を活かし、この記事でシアンを取り扱う会社が労働安全衛生上で考慮しておくべき事項を共有しておこうと思います。

こうしたことは事業者の「安全配慮義務」として必要と考えますので、是非とも対応するようにしてください。

シアン中毒について知ろう

シアン中毒への対策を行うに当たってまずは、シアン中毒がどのようなメカニズムで起こるのか、どういった症状が出るのか、その治療方法法について正確に知りましょう。

シアン中毒が生命を危険にするワケ

シアン中毒を引き起こす主な原因は、シアン化物イオン「CNです。

シアン化物イオンは金属類と結合しやすく、体にシアン物イオンが入ると細胞の中での金属と結合します。

人間の細胞の中には、酸素を使ってエネルギーを生み出す「ミトコンドリア」という器官があって、私たちが生きているのはミトコンドリアのおかげと言っても言い過ぎではない存在です。

ミトコンドリアは「シトクロムオキシダーゼ」という酵素を持っていて、これはミトコンドリアが正常に機能するために必要不可欠なもの。

シトクロムオキシダーゼは内部にを持っていて、肺から取り込んだ酸素とシトクロムオキシダーゼ内の鉄とが合体して細胞に酸素を届けるのですが、鉄は酸素よりもシアン物イオンと合体しやすく、酸素が届けられなくなり細胞が生きられなくなります。

また、シアン化物イオンは血流にのってすぐに全身に回り、細胞の動きが活発な脳や心臓の機能が低下させて命に関わる症状を引き起こすというわけです。

シアン中毒の症状

シアン中毒は、最も細胞の動きが活発な脳から起こりますから、頭痛やめまい、吐き気などが最初に起こります。

次に人間が生きてく行くのに必要不可欠な基本的機能である「呼吸」に影響したり、多くのエネルギーが必要な心臓の動きを弱らせて心停止や呼吸停止が起こります。

こうした症状は、数分の間に起こりますから迅速な対処が必要となります。

シアン中毒の治療方法

シアン中毒の治療には2つの方法が取られます。

一つ目はシアン化物イオンがミトコンドリアのシトクロムオキシダーゼに結合させないようにすることです。

血液中の赤血球が酸素を運ぶために必要な「ヘモグロビン」には鉄が含まれています。

赤血球は大量にありますし多少機能しなくても生きていく上で大きな支障はないため、ヘモグロビンにシアン化物イオンをくっつけてしまい、シトクロムオキシダーゼが機能させるようにすることがまず最初の治療方法です。

何もしなければヘモグロビンはシアン化物イオンと結合しにくいのですが、「亜硝酸アミル」という薬品を使うことでシアン化物イオンと結合しやすい形状に変える(酸化させる)治療を行います。

鉄を酸化できれば何でもいいので亜硝酸アミルではなくて違う薬品が使用されることもあります。

二つ目は、シアン化物イオンを体外に排泄させることです。

「チオ硫酸ナトリウム」という薬品は、シアン化物イオンと結合して対外に一緒に対外へ排泄させます。

水道水の「カルキ抜き」もチオ硫酸ナトリウムで、別名「ハイポ」ともいい、有害物質を除く解毒剤としてよく使用される薬品です。

チオ硫酸ナトリウムのみでもシアン中毒は治療できるのですが、時間がかかりますから症状をすぐに改善させるには、2つの治療法を一緒に実施することが多いです。

ちなみにうがい液や消毒剤の「イソジン」が服についてしまった時は、チオ硫酸ナトリウムで洗うとキレイに取れますよ。(カルキ抜きは100均で簡単に買えます)

企業でシアンの取り扱う当たって最初にすべきこと

シアン中毒が起らないようにするために必要なことは、無色透明な気体であるシアン化水素を発生させない、吸い込まないようにする環境を整えることです

そうするために企業が実施すべきシアンの取扱方法を解説します。

混ぜるとシアン化水素を発生させる薬品を抽出しよう

これが一番重要。

メッキ処理などで使用するシアン類からいつもシアン化水素が発生するわけではありません。シアン類に酸性の物を混ぜてしまった時にシアン化水素が発生します。

取り扱うシアン類とどのような液体と混ぜたらシアン化水素が発生してしまうのかを事前に調べておくことをまずやりましょう。

作業環境の整備

薬品を混ぜなければ安全なはずですが、シアン中毒は作業者の命を脅かしますから安全配慮義務として念には念をいれた対処も必要です。

まずは混ぜるとキケンな薬品をシアン類の作業近くに置かないようにすることです。

次にシアン化水素が滞留しないようにする排気環境の整備ドラフトチャンバーの整備と使用の義務付けシアン化水素発生を検知するガスセンサーの設置などがあります。

こうした装置の設置は高額なコストがかかりますが、作業者の安全を考えたら安い物。

何が必要かを安全委員会などで協議した上で必ず導入するようにしましょう。

作業手順の整備と作業者への周知徹底

せっかく作業環境の整備をしたとしても作業者がきちんと行動しなければ意味がありません。

作業を1~10まで本当に細かく記載した作業手順書の準備をすると共にそれを全作業者に周知徹底をすることも重要です。

忘れてはいけないのが作業手順を繰り返し周知することと、きちんと守れているのかを管理者がチェックをして守れていなければ真剣に叱るということが必要です。

これが適当になっていると作業手順書は形骸化してしまうでしょう。

私は、事故が起こる時って一人ひとりの気の緩みであることがほとんどだと思っています。東海村JCO臨界事故も作業手順の不順守からきていましたよね。

長年の作業では手順があいまいになりがちです。

定期的に初心に振り返って作業手順を見直す機会を与えることも必要でしょう。

シアン中毒発生時の対応方法を定める

作業環境と作業手順を厳格化することで安心だとは思いますが、さらに万が一のためにシアン中毒発生時の対応も作成しておくといいでしょう。

適切な応急処置方法の周知徹底

少し想像してみましょう。

メッキ処理の作業場の近くで人が倒れています。

「おい、大丈夫か?」と近づいていっていいものでしょうか。また、呼吸が止まっている時に人工呼吸をしてもいいものでしょうか。

シアン化水素は無色透明なガスで見えませんから、同僚が倒れているからといって迂闊に近づくと自分もシアン中毒になる可能性があります。

また、倒れている人の体の中からシアン化水素ガスが出てきますから、人工呼吸をしてしまうのもキケンです。

こうした二次災害が行らないよう、シアン中毒になる可能性がある職場では、人が倒れていた時の対処方法も定めて作業者全員に周知しておく必要があります。

作業手順書として作りこんでおくこともいいと思います。

シアン化水素ガスは、感染症防止のN95マスクや防塵マスクでは対処できませんから、ガスマスクに酸素ボンベなんていう重厚な装備の準備も検討しておくとよいでしょう。

少なくとも持ち運びができるシアン化水素が検知可能なガスセンサーは必須ではないかと思います。

治療場所の決定

シアン中毒時の治療方法で紹介した2つの薬品は医療用医薬品であるため、社内に診療所がない企業では治療薬を会社に常備してくことはできませんから、事故発生時はどこの病院に救急搬送するかを検討ください。

社内に診療所を保有している企業の場合はどうでしょうか。

シアン中毒の治療薬を具体的な商品名で挙げると「亜硝酸アミル」と「デトキソール静注液」の2つを用意するか、「シアノキット注射用セット」の1つを用意するかのどちらかになると思います。

シアン中毒は短時間で容体が悪くなりますから会社としてこうした治療薬を常備しておくこともいいでしょう。

特に亜硝酸アミルは容器を割って臭いを嗅がせるだけの薬ですから、簡単に取り扱える上に救命効果もあがりますので会社で用意しておくには最適です。

でもシアン中毒の治療には長期間かかりますから社内でどれだけ様子を見るのか、シアン中毒がひどい時に会社の診療所で対処できるのかなどを総合的に勘案して、シアン中毒時の対処方法を定めておかなければいけません。

あと夜間など産業医などの医師が勤務していない時間帯への対処方法なども必要ですよね。

ちなみに私の勤めている会社では、こうしたことを全て洗い出して検討した結果、社内には治療薬は設置せずに何かあったら指定の病院に救急搬送で対処しようとなっています。

救急搬送できる体制の整備

一刻を争う中毒ですから速やかに救急車を呼んで、治療できる医療機関へ搬送してもらう必要があります。

救急車を呼ぶ際にパニックにならないよう、場所の説明方法など救急車の呼び方をマニュアル化しておくのがいいでしょう。

特にシアン中毒の可能性があることを救急搬送先に伝えることが速やかな治療につながります。

救急搬送先との密な連携

シアン中毒ってそうある話ではありません。

青酸カリは気軽には購入できないので自殺に使おうと思っても難しいです。

医薬品には使用期限がありますし使わなかったら廃棄しなければいけませんから、大きい病院でもシアン中毒の治療に必要な薬を常備していない可能性があります。

なので産業医を通じて救急搬送する予定の医療機関で、シアン中毒用の治療薬を常備しているのかは確認しておいた方がいいです。

私は近くの大きな病院の薬剤部長と顔見知りだったために直接薬剤部に電話して聞いちゃいましたが、やっぱりシアン中毒患者は何年も発生していないとのことで治療薬はおいてありませんでした。

そこで万が一に備えて治療薬を常備してもらえるよう産業医から病院長に依頼して対応してもらいました。

ここまでは難しいにしても治療薬があるかどうかの確認は必要だと思います。

まとめ

シアン中毒は、無色透明なガスの「シアン化水素」によって引き起こされます。

シアン化物イオンがミトコンドリアを正常に機能させなくし、細胞が呼吸できなくなることで命を危険にさらします。

シアン類は、メッキ処理などの色々な作業で使われる薬品で結構身近な存在です。

メッキ処理などの作業自体でシアン中毒になる危険性はほぼありませんが、誤って他の薬品と混ぜてしまったなど通常とは異なる作業を行うと大変なことになり得ますから、作業環境の構築と作業手順書の整備と作業者への周知は必要不可欠です。

また、万が一に備えた救急搬送の手順を定めたり、救急搬送先でのシアン中毒の対応可否は事前に調査や依頼をしておくといいでしょう。

こうした対応は事業主が実施すべき責務(安全配慮義務)ですから、コストを理由に後回しにしないようにすべきです。

参考ですが、フッ化水素酸(フッ酸)を取り扱う職場での対処方法もブログ内で紹介していますので、よければ読んでいってください。

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